「冬物語」

三角関係、ショートカット

1989年作品 監督…倉内均 主演…宮崎真純、水野真紀

来春公開予定という「佐賀のがばいばあちゃん」という映画の話を聞いた。監督は倉内均という方。もしかして「冬物語」の倉内均だろうか?あの映画なら最高だ。
普段ここに取り上げる映画は、割と繊細な作品が多いため誰にでもお勧めできるとは言えない。しかしこの「冬物語」はちょっと今の若い人達にも見て欲しい気がする。そして、当時の青春映画のレベルがいかに高かったかということに驚いて欲しい。
電話の話をする。映画の中で電話がかかってくる。主人公が電話を取り上げる。この場面の処理の仕方について。いきなり相手の声がオフで画面外から入ってくる、というのはまず論外。よくあるのは相手の言うことをいちいちオウム返しにするパターン。「…もしもし…えっ?私の子供を誘拐した?…午後3時に公園に身代金を持って来い?…なんだと警察には言うな?」みたいな。いまだにこれテレビのサスペンス等でよく見る。相手が急に電話を切る。主人公「(切れた電話に向かって)もしもし!もしもし!ちょっと…もしもし!…(受話器を見つめて)なんだ、切れてる」お前は電話が切れたかどうかくらいすぐ分からないのかと言いたくなる。ところがこの映画では、わずかな受け答えと受話器から微かに聞こえる声だけで、何か電話の向こうでヒロインに何か大変なことが起きているのだなと観客に理解させる。急いでヒロインの元に駆けつけなきゃという気持ちを起こさせる。この場面一つとっても監督の力量が分かると言うものだ。当たり前のことを当たり前にやっているだけなのだが。
当たり前を丁寧に積み重ねてゆく。役者にきちんと芝居をつける。エキストラを適切に動かす。夜の公園の場面や電車の中のシーンで正しく照明をあてる。ロケハンをきっちりする。予備校を舞台にした映画なのだが、監督は主人公達をいつも最後列の座席に座らせる。役者が背景に埋没しないように。そういった当たり前の積み重ねの上で、自由な空気が生まれる。山本陽一、宮崎真純、水野真紀という3人の予備校生が、恋や進路に悩みながら成長していくという映画なのだが、決してテーマを大上段に振りかざすことなく日常的なシーンの積み重ねで見ているものに爽やかな感動をもたらすさまは見事の一言。あえてこの演出スタイルが誰に似ているかと言えば、山田洋次に似ている気がする。
もっと評価されてもいい映画だと思うが、倉内均の名前をそれからスクリーンで見ることはなかった。たしか元々テレビのベテラン演出家だと聞いていたので、テレビの方へ戻られたのだと思う。その監督がまた映画に帰ってきたのだとしたら、「冬物語」ファンとしてはこんなに嬉しいことはない。
佐賀のがばいばあちゃん」公式サイト
http://www.gabai-baachan.com/